刺身はなぜ日本だけ?いつから食べられていたのか|刺身の歴史と語源、わさび・つまを添える理由

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刺身は、世界でも珍しい「生の魚をそのまま味わう」料理です。では、刺身はいつから食べられていたのでしょうか。そして、なぜ日本だけでこれほど広まったのでしょうか。

この記事では、「刺身」という名前の由来、室町時代から現代までの刺身の歴史、中国や韓国の生魚料理との違い、わさびやつまが添えられる理由までを、年表とあわせてわかりやすく紹介します。

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目次

先に結論|刺身はいつから?なぜ日本だけ?

  • 刺身という言葉が文献に出てくるのは室町時代。1448年の日記『康富記』の「鯛指身」がよく知られた記録で、8月15日が「刺身の日」になっています。
  • それより前は「なます」。奈良時代の『日本書紀』にも、魚や貝を細かく切って酢などで食べる「膾(なます)」が登場します。
  • しょうゆで食べるようになったのは江戸時代。それまでは煎り酒や生姜酢で食べていました。
  • 家庭で毎日のように食べられるようになったのは昭和の高度成長期以降。冷蔵庫の普及と流通の発達がきっかけです。
  • 中国や韓国にも生魚料理はあった。中国では時代とともに廃れましたが、日本では「魚中心の食生活」「きれいな水」「しょうゆとわさび」に支えられて残り、発展しました。

刺身の語源|「切り身」なのになぜ「刺身」と呼ぶのか

魚を薄く切った料理なのに、なぜ「切り身」ではなく「刺身」と呼ぶのでしょうか。由来には、主に2つの説があります。

説1:魚の種類がわかるように、ひれを刺したから

切り身にしてしまうと、白身魚はどれも見た目が似ていて、何の魚かわからなくなります。そこで、その魚のひれや尾を切り身に刺して、「これは鯛です」とわかるようにしたのが始まりだという説です。辞典でも、この説が紹介されています。

説2:武士が「切る」という言葉を嫌ったから

武士にとって「切る」は切腹を思わせる縁起の悪い言葉でした。そこで「切る」を避けて、「刺す」という言葉を使ったという説です。刺身が武家社会の料理として整っていった室町時代の事情と合うため、こちらもよく知られています。

どちらの説が正しいかははっきりしていませんが、昔は「指身」と書くこともありました。なお、関西では刺身を「お造り」と呼ぶことが多く、こちらも「切る」を避けた言い方だといわれています。

刺身の歴史|いつから食べられていたのか(年表)

時代できごと
奈良時代(8世紀)『日本書紀』に、魚や貝を細かく切って食べる「膾(なます)」が登場
室町時代(1399年)『鈴鹿家記』に「指身 鯉イリ酒ワサビ」という記述があるとされる
室町時代(1448年)『康富記』に「鯛指身」。刺身の記録としてよく知られ、8月15日は「刺身の日」に
室町時代(1489年)料理書『四条流庖丁書』に、さまざまな食材の刺身が登場
江戸時代しょうゆの生産が広まり、刺身をしょうゆで食べるようになる。江戸後期には握り寿司も誕生
昭和(1960〜70年代)電気冷蔵庫が家庭に広まり、新鮮な魚を家で保存できるようになる
昭和末〜平成(1980〜90年代)ノルウェー産の生食用サーモンが日本に入り、サーモンの刺身・寿司が定番に

奈良〜平安時代|刺身の祖先「なます」

刺身の祖先とされるのが「膾(なます)」です。魚や貝、肉を細く切り、酢などで和えて食べる料理で、奈良時代にまとめられた『日本書紀』にも、貝をなますにして天皇に差し出した話が出てきます。もともとは中国から伝わった料理だと考えられています。

今の「なます」は大根とにんじんの酢の物を指すことが多いですが、昔は魚が主役の料理でした。

室町時代|「刺身」という名前が生まれる

室町時代になると、なますのように細く刻むのではなく、魚を大きめに切って並べる「刺身」の形が整っていきます。1448年8月15日、朝廷に仕えた中原康富の日記『康富記』に「鯛指身」と書かれており、これが刺身の記録としてよく知られています。それより古い1399年の『鈴鹿家記』に「指身」の記述があるという説もあります。

このころの刺身は、しょうゆではなく、煎り酒(酒に梅干しやかつお節を入れて煮詰めたもの)や生姜酢、からし酢をつけて食べていました。『鈴鹿家記』の記述でも、鯉の刺身に煎り酒とわさびを合わせています。

江戸時代|しょうゆが広まり、今の刺身に近づく

江戸時代に入ると、関西や関東の銚子・野田などでしょうゆづくりが盛んになり、しょうゆが庶民にも手の届く調味料になっていきます。それまでの煎り酒などに代わって、刺身をしょうゆで食べるスタイルが定着しました。

ただし、刺身を日常的に食べていたのは、江戸や大坂など海に近い都市の人が中心でした。冷蔵の技術がない時代、海から離れた地域では、酢で締めたり、焼いたり煮たりする食べ方がふつうでした。

昭和〜現代|冷蔵庫とサーモンで、刺身が全国の家庭へ

刺身が全国の家庭で気軽に食べられるようになったのは、昭和の高度成長期以降です。1960年代から70年代にかけて電気冷蔵庫が一気に広まり、冷凍・輸送の技術も進んだことで、海から遠い地域でも新鮮な魚が手に入るようになりました。

今では定番のサーモンの刺身も、実は新しい食べ方です。日本の天然のサケは寄生虫の心配があり、昔は生で食べる習慣がほとんどありませんでした。1980年代、ノルウェーが国を挙げて日本に生食用の養殖サーモンを売り込み、ノルウェーから日本への輸出量は、1980年の2トンから20年後には年4万5,000トンを超えるまでになりました。

刺身はなぜ日本だけ?中国・韓国の生魚料理と比べると

実は、生の魚を切って食べる料理は日本だけのものではありません。違いは、それが「残って、育ったかどうか」です。

中国|2,000年以上続いたが、明・清の時代に廃れた

中国では古くから、魚や肉を薄く切って生で食べる「膾(かい)」がごちそうとされ、孔子の言葉を記した『論語』にも登場します。ところが、時代が進むにつれて生食はすたれ、明から清に移るころには生肉の料理はほぼ消えました。16世紀末の薬学書『本草綱目』が、生の魚や肉は体に悪いと注意したことも影響したと考えられています。生魚料理は、広東など南部の一部に「魚生」として残るだけになりました。

韓国|今も「フェ」として残る

韓国には、生の魚を薄く切って食べる「フェ(회)」があり、17世紀の書物にも作り方が書かれています。しょうゆとわさびではなく、酢入りのコチュジャンや葉野菜と一緒に食べるのが韓国流です。

日本で刺身が残り、発展した3つの理由

  • 魚がたんぱく源の中心だった:675年の肉食禁止令や仏教の影響で、長く肉を避ける時代が続き、そのぶん魚の食べ方が磨かれました。
  • 海の魚が豊富で、水がきれいだった:寒流と暖流がぶつかる近海で多くの種類の魚がとれ、きれいな水で洗ってそのまま食べられる環境がありました。寄生虫の多い川魚より、海の魚が中心だったことも大きな違いです。
  • しょうゆ・わさび・包丁の技術がそろった:刺身をおいしく食べる調味料と、身をつぶさずに切る包丁の技術が、生の魚を「料理」として完成させました。

世界の生魚料理と比べた日本の特徴や、生魚を食べない国が多い理由は、こちらの記事で詳しく紹介しています。

▶ 生魚を食べる国・食べない国はどこ?世界はなぜ分かれたのか

刺身にわさび・つま・菊が添えられる理由

刺身の盛り合わせ
刺身の盛り合わせ(筆者作)

刺身の皿にのっている大根の千切りや大葉、わさび、菊の花は、ただの飾りではありません。まとめて「あしらい」と呼ばれ、それぞれに役割があります。

あしらい主なもの役割
けん大根の千切り刺身から出る水分を吸う、口の中をさっぱりさせる
つま大葉、わかめ、食用菊、みょうがなど彩りを添える、香りで生臭さをやわらげる
辛み(薬味)わさび、しょうが魚の臭みを消し、味を引き締める

わさびや大葉には、菌が増えるのをおさえる働きがあることも知られています。ただし、アニサキスなどの寄生虫を殺す力はないので、わさびをつけたから安全になるわけではない点に注意しましょう。

皮目をあぶる・湯をかける|「焼き霜造り」と「皮霜造り」

添え物だけでなく、切り方や下ごしらえにも、生の魚をおいしく食べる工夫があります。金目鯛や鯛のように皮がおいしい魚は、皮目だけをさっとあぶる「焼き霜造り」や、熱湯をかける「皮霜造り(松皮造り)」にします。皮がやわらかくなって噛み切りやすくなり、香ばしさや皮の下の脂のうまみも楽しめます。カツオのたたきも、同じ考え方の料理です。

金目鯛の皮目をあぶった刺身(焼き霜造り)
金目鯛の焼き霜造り(筆者作)

川魚やサバを刺身で食べない理由

刺身にするのは、ほとんどが海の魚です。川や湖の魚には、肝吸虫や顎口虫など人に感染する寄生虫がいることがあるため、昔から生では食べない習慣があります(鯉の洗いのように、地域で受け継がれてきた例外もあります)。

また、サバは傷みが早く、アニサキスもいることがあるため、生のまま刺身にすることは少なく、酢で締めた「しめさば」にするのが一般的です。ただし酢で締めてもアニサキスは死なないので、家庭で生魚を扱うときは注意が必要です。

▶ アニサキスの症状と予防|刺身・サーモン・しめさばの注意点、生魚は何歳から・妊娠中は?

家で刺身を楽しむなら|刺身包丁と刺身用の柵(ブロック)

刺身の歴史を知ると、家でも刺身を切ってみたくなります。スーパーの切り落としもよいですが、柵(ブロック)で買って自分で切ると、厚みも盛り付けも好みにできて、ぐっと「料理」らしくなります。

刺身包丁(柳刃包丁)|身をつぶさずに切れる

刺身包丁は、刃が細長く片刃になっていて、刃の根元から先までを使って一度に「引き切り」できるのが特徴です。前後に何度も動かす必要がないので、身の断面がなめらかになり、口当たりもよくなります。最初の1本なら、手入れが楽なステンレス製で、刃渡り21cm前後のものが扱いやすいです。予算に合わせて選べるよう、価格の違う3本を紹介します(価格は2026年11月時点の楽天市場の表示)。

まずは手軽に(2,000円台)|濃州正宗 刺身包丁 205mm
刃物の町・岐阜県関市で作られた刺身包丁。樹脂のハンドルで扱いやすく、たまに刺身を切る家庭用としては十分です。

迷ったらこれ(3,000円台)|貝印 関孫六 匠創 刺身 210mm
ステンレスでさびにくく、食洗機にも対応しているので手入れが楽です。長さは180mm・210mm・240mmから選べます。

切れ味にこだわるなら(1万円前後)|藤次郎 柳刃 正夫 210mm
料理人にも使われる新潟・燕の刃物メーカーの柳刃包丁。モリブデンバナジウム鋼のステンレスで、切れ味と手入れのしやすさを両立しています。

まぐろ・サーモンの刺身用の柵|冷凍で届くので家で切れる

通販の刺身用の柵は、冷凍で届くものが多く、食べたい日に解凍して切るだけで刺身にできます。一般に、流通の段階でしっかり冷凍された魚はアニサキスの心配が少ないのも利点です。解凍は、商品に書かれた方法(冷蔵庫でゆっくり、または塩水解凍など)に従うと、ドリップが出にくく、色もきれいに仕上がります。

まぐろの赤身の柵:鉄火丼や漬け丼にも使えます。

サーモンの刺身用の柵:1980年代に日本で広まった、ノルウェー産の養殖サーモンです。

まぐろの刺身を使った料理は、まぐろアボカド丼のレシピやビビンバ風の鉄火丼のレシピでも紹介しています。

刺身の歴史についてよくある質問

Q. 刺身の日はいつ?

8月15日です。1448年8月15日の『康富記』に「鯛指身」と書かれていることにちなんでいます。

Q. 刺身とお造りの違いは?

料理としては同じものです。関東では「刺身」、関西では「お造り」と呼ぶことが多く、お店では盛り付けを工夫した刺身を「お造り」と呼ぶこともあります。

Q. サーモンの刺身はいつから食べられている?

本格的に広まったのは1980年代後半から1990年代です。ノルウェー産の養殖サーモンが、寄生虫の心配が少ない生食用として日本に入ってきたことがきっかけです。

Q. 江戸時代の人は刺身をしょうゆで食べていた?

江戸時代にしょうゆが広まってからは、しょうゆで食べるようになりました。それ以前の室町時代は、煎り酒や生姜酢が中心でした。

まとめ|刺身は「魚を生かす工夫」の積み重ね

刺身の祖先は奈良時代の「なます」で、「刺身」という名前が文献に出てくるのは室町時代です。江戸時代にしょうゆが広まって今の食べ方に近づき、昭和の冷蔵庫の普及で全国の家庭に広がりました。

生の魚を食べる文化は中国や韓国にもありましたが、日本では魚中心の食生活、豊かな海ときれいな水、しょうゆやわさび、包丁の技術がそろったことで、刺身が独自の料理として育ちました。限られた条件の中で魚をおいしく食べる工夫を重ねてきたことが、刺身を「日本ならでは」の料理にしたといえるでしょう。

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参考にした資料

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この記事を書いた人

こんにちは。 このブログは、困難や障害を突破する方法を解説しています。 仕事・お金・健康に関する記事は、公的機関の資料やサービスの公式情報を確認して書いています。特に、薄毛・脱毛・歯列矯正など医療や健康に関わる記事は、学会の診療ガイドラインや公的機関の資料を根拠にし、記事の最後に参考資料を載せています(制作方針は運営者情報に掲載しています)。 私自身の実体験や、困難に直面したときの考え方はnoteでも発信しています。 ▶ note「突破ラボ」を読む 人生、山あり谷ありで、誰でも大なり小なり行く手を阻む壁みたいなものを感じている方も多いのではないでしょうか。健康に関すること、お金に関すること、対人関係に関すること、様々な壁が私たちの前に立ちはだかります。壁を前にすると、結構悲観的になったりしますよね。 でも、案外、見方を変えたらうまくいったり、案ずるより産むが易し、であまり考えずに行動したらうまくいったりすることもあります。このブログではそんな困難を突破する方法を提示していきたいと考えています。このブログが少しでも皆様のお役に立てれば幸いです。

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