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眠っている間、私たちは周りで何が起きているのかほとんど分かりません。野生の動物にとって、これは敵に襲われるかもしれない、とても危険な時間です。それでも、睡眠は進化の中で消えることなく、ほとんどの動物に受け継がれてきました。
これまで睡眠は「脳を休めるためのもの」と考えられてきました。ところが近年、脳を持たないクラゲやヒドラも眠ることが分かってきています。そして2026年には、睡眠が神経細胞のDNAの傷を減らしているという研究も発表されました。
この記事では、最新の研究をもとに「なぜ無防備になってまで眠る必要があるのか」を考えます。眠りのしくみそのものについては「人はなぜ眠くなる?睡眠が起きる2つのしくみ」でも解説しています。
動物が「眠っている」とはどういう状態か
人間なら脳波で睡眠を確かめられますが、脳を持たない動物ではそうはいきません。そこで研究者は、行動から睡眠かどうかを判断しています。代表的な基準は次の3つです。
- 活動が下がり、じっとしている
- ふだんなら反応する刺激に、反応しにくくなる
- 眠りを妨げられると、あとで眠りが増える(睡眠を取り戻そうとする)
特に3つ目は、単なる「休憩」と「睡眠」を分けるポイントです。足りなくなったら取り戻そうとするのは、睡眠が体にとって欠かせないものである証拠だと考えられています。
脳がないクラゲも眠っていた
2017年、アメリカのカリフォルニア工科大学の研究チームは、サカサクラゲの仲間(Cassiopea)が眠ることを科学誌『Current Biology』に報告しました。クラゲには脳がなく、神経は体全体に網の目のように広がっているだけです。
- 夜は動きがゆっくりになる:かさの拍動は、昼の1分あたり約58回に対し、夜は約39回に減った
- 夜は反応が鈍くなる:夜に足場を外すと、最大5秒ほど漂ってから体勢を立て直した(起きているときはすぐに泳いで底に戻る)
- 眠りを妨げると、昼間も眠ろうとする:夜に水流を当てて起こし続けると、ふだんは活発な昼間に、じっとしている状態に入りやすくなった
3つの基準がすべてそろったことから、研究チームは、脳を持たない動物にも睡眠があると結論づけました。また、ほかの動物で眠りを促すメラトニンなどの物質が、クラゲの眠りにも影響を与えることも報告されています。

ヒドラも眠る:日本の研究
九州大学などの研究チームは2020年、クラゲの仲間で、体長1cmほどの淡水の生き物ヒドラにも、睡眠のような状態があることを『Science Advances』誌に報告しました。ヒドラもまた、中枢神経(脳)を持たず、神経が体全体に散らばっている生き物です。
研究では、振動や温度で眠りを妨げると、そのあと睡眠が増えることが確認されました。また、メラトニンやGABAといった、人間でも眠りに関わる物質が、ヒドラの眠りも増やしました。一方で、人間ではふつう目を覚ます方向に働くドーパミンが、ヒドラでは眠りを増やすという違いも見つかっています。
こうした研究から、睡眠は脳が生まれるよりも前から存在していた可能性が考えられるようになりました。そうだとすると、睡眠の役割は「脳を休めること」だけでは説明がつきません。
最新研究:睡眠は神経細胞のDNAの傷を減らす
では、脳のない動物は何のために眠るのでしょうか。その答えの手がかりとなる研究が、2026年1月に科学誌『Nature Communications』に発表されました。イスラエルの研究チームが、サカサクラゲの仲間とイソギンチャクの一種の眠りを詳しく調べたものです。
- 1日の約3分の1を眠って過ごす:人間とよく似た割合でした
- 眠る時間帯は種によって違う:クラゲは夜に眠り、正午ごろに短い「昼寝」もしました。イソギンチャクは主に昼間に眠りました
- 起きている時間が長いほど、神経細胞のDNAの傷が増える:眠りを奪うとDNAの傷が増え、眠ると減りました
- DNAの傷が増えると、長く眠るようになる:外からストレスを与えてDNAの傷を増やすと、その分を補うように睡眠が長くなりました
研究チームは、睡眠は、起きている間に蓄積する神経細胞のDNA損傷や細胞ストレスを軽減するしくみとして進化した可能性がある可能性があると考えています。つまり睡眠は、脳ができるよりずっと前から、神経細胞を守る「メンテナンスの時間」だったのかもしれません。
脳を持つ動物では「脳の掃除」も
脳を持つ動物では、睡眠に別の役割も加わっていると考えられています。2013年に『Science』誌に発表されたマウスの研究では、睡眠中または麻酔下で脳の細胞間隙の容積が覚醒時より約60%増加し、脳脊髄液と間質液の交換やβアミロイドの排出が促進されると報告されました。これはマウスの実験結果で、人間の睡眠中にも同じ割合の変化が生じると確認されたわけではありません。この「脳の掃除」のしくみは、グリンパティック系と呼ばれています。洗い流される老廃物の中には、アルツハイマー病に関わるとされるβアミロイドも含まれます。
神経細胞のDNA損傷の軽減と、脳内の老廃物の排出。どちらも睡眠との関連が研究されていますが、それぞれの寄与や人間における仕組みには未解明の点が残ります。
なぜ無防備になってまで眠るのか
ここまでの研究から見えてくるのは、睡眠は、敵に襲われるリスクを冒してでも手放せないほど重要な「体のメンテナンス」だということです。なぜ活動を止めるという不利益を伴ってまで睡眠が進化の過程で維持されてきたのか、その理由は現在も研究が続いています。
そこで動物たちは、「眠らない」方向ではなく、「できるだけ安全に眠る」方向に進化してきました。その代表が、脳の半分ずつ眠る「半球睡眠」です。
- イルカ:脳の片側が眠っている間、もう片側は起きていて、泳ぎや息つぎを続けます。起きている側の脳につながる目は開いていて、周りを見張っています
- カモ:1999年の研究では、群れの端にいるマガモは、真ん中にいる個体より約150%多く半球睡眠をとり、開いた目を群れの外側に向けていました
- グンカンドリ:2016年の研究では、何日も海の上を飛び続ける間、脳の半分ずつ眠りながら飛んでいることが分かりました
それでも、グンカンドリは飛行中、陸の上にいるときより睡眠時間が大きく減っていました。危険をおかしても、工夫をこらしても、睡眠そのものをなくすことはできない。それだけ睡眠は生き物にとって根本的なものだといえます。
私たちへのヒント:睡眠は「削れる時間」ではない
脳のないクラゲでさえ、1日の約3分の1を眠り、眠りが足りなければ取り戻そうとします。忙しいときに真っ先に削られがちな睡眠ですが、生き物の歴史から見れば、体を守るためのいちばん古いメンテナンスの時間です。
厚生労働省の「健康づくりのための睡眠ガイド2023」では、成人は6時間以上を目安に必要な睡眠時間を確保することがすすめられています。眠りの環境や習慣の整え方は「ぐっすり眠るための習慣と寝室づくり」、眠れない日が続く場合の相談先は「眠れない日が続くなら|不眠のセルフチェックと受診の目安」でまとめています。
寝具を検討したい方は、寝具紹介コーナーへ。マットレスや掛け寝具の情報をまとめています。
まとめ
- 脳を持たないクラゲやヒドラにも睡眠がある。睡眠は脳より先に生まれた可能性がある
- 2026年の研究では、クラゲとイソギンチャクで、睡眠が神経細胞のDNAの傷を減らし、傷が増えると長く眠ることが分かった
- 脳を持つ動物では、睡眠中に脳の老廃物が洗い流されるしくみもある
- 睡眠は危険をおかしてでも必要な体のメンテナンス。だから動物は「眠らない」ではなく「安全に眠る」工夫(半球睡眠など)を進化させてきた
- 人間にとっても、睡眠は削ってよい時間ではない
【参考】
・Nath RD, et al. “The Jellyfish Cassiopea Exhibits a Sleep-like State.” Current Biology, 2017.(紹介記事:ScienceDaily)
・Kanaya HJ, et al. “A sleep-like state in Hydra unravels conserved sleep mechanisms during the evolutionary development of the central nervous system.” Science Advances, 2020.(紹介記事:GIGAZINE)
・Aguillon R, et al. “DNA damage modulates sleep drive in basal cnidarians with divergent chronotypes.” Nature Communications, 2026.(Nature Asia プレスリリース)
・Xie L, et al. “Sleep Drives Metabolite Clearance from the Adult Brain.” Science, 2013.
・Scientific American「Meet the Animals That Literally Sleep with One Eye Open」
・厚生労働省「健康づくりのための睡眠ガイド2023」
