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イヌイットの生食には、加熱で減るビタミンCを食材から得られるという栄養面の利点があります。さらに、肉や魚を凍ったまま食べる習慣も、地域の食文化として受け継がれてきました。
この記事では、まずイヌイットとはどんな人々で、どこに住んでいるのか、エスキモーとの違いを整理したうえで、どんな食材を生で食べ、そこからどのように栄養を得てきたのかを、研究と地域の団体による紹介から見ていきます。現在の食事や、イグルーなどの住まいについても紹介します。
イヌイットとは?どこに住んでいる人々?
イヌイットは、北極圏・亜北極圏に暮らす先住民族です。主にグリーンランド、カナダ北部、アメリカ(アラスカ)、そしてロシア極東のチュコト半島の一部に住んでいます。[10]
カナダでは、2021年の国勢調査で70,545人がイヌイットと回答しており、そのうち69.0%が「イヌイット・ヌナンガット」と呼ばれる北部の伝統的な居住地域に住んでいました。一方で、都市部など地域の外で暮らす人も増えています。[11]
イヌイットとエスキモーの違い
かつて日本でもよく使われた「エスキモー」は、北極圏の先住民族をまとめて呼ぶ言葉として広まりました。しかし、外部の人がつけた呼び名であることから、アラスカ先住民を含む多くの人々にとって受け入れがたい言葉とされ、現在は使われなくなりつつあります。北極圏のイヌイットの国際組織であるイヌイット極域評議会(ICC)も「イヌイット」を用いています。[12]
ただし、アラスカのユピックの人々のように、自らを「イヌイット」とは呼ばない民族もいます。そのため、地域によっては「イヌイットとユピック」のように並べて表すこともあります。[12]
イヌイットはなぜ生肉を食べるのか
加熱で減るビタミンCを、食材から取り入れられる
生で食べることの利点の一つは、加熱によって減るビタミンCを取り入れられることです。カナダ北極圏のホルマン周辺で行われた調査では、地域で食べられていた食品について、生の状態と10分間ゆでた後のビタミンC量を比較し、ゆでた後には量が減ることが確認されています。[7]
また、含まれる量は部位によって異なります。同じ調査では、アザラシの肝臓やシロイルカの皮に、筋肉の部分より多くのビタミンCが含まれていました。肉だけでなく、内臓や皮なども食べる食生活が、栄養を得ることにつながっていたのです。[7]
これは、生食が栄養面で果たす役割を説明するものです。生肉を食べる習慣が、ビタミンCを取る目的で始まったとまで示す研究ではありません。
凍った肉や魚を、そのまま食べる習慣がある
栄養面の利点に加え、生や凍った状態で食べること自体が、地域に根づいた食べ方でもあります。カナダ西部北極圏のイヌイットであるイヌヴィアルイトの人々を代表する団体「Inuvialuit Regional Corporation(IRC)」は、生のまま凍らせて食べる肉を「クアック(Quaq)」という伝統食として紹介しています。[1][5]
ホルマンの調査にも、冬の食事として、生のまま凍らせたイワナ類やカリブーを食べる習慣が記されています。こうした食べ方は、地域で獲れる食材を日々の食事に取り入れる方法として受け継がれてきました。[7]
食べ方は地域や季節によって異なり、煮たり乾燥させたりする方法も使われています。
イヌイットの食べ物|伝統的な食事にはどんな食材がある?
以下は、イヌヴィアルイトの団体が紹介している食材・料理の例です。すべての地域や家庭が、同じものを同じ方法で食べているわけではありません。[1]
| 食材・料理の例 | 紹介されている食べ方・特徴 |
|---|---|
| 魚 | 魚種は地域で異なり、乾燥や燻製にした魚などが紹介されています。 |
| カリブーなどの肉 | スープにするほか、薄く切って乾燥させる食べ方もあります。 |
| マクタック/マクタク | クジラの皮などを用いる伝統食。地域の紹介では、生食だけでなく加熱して食べる例もあります。 |
| クアック(Quaq) | 生のまま凍らせた肉を食べる形の伝統食です。 |
| ベリー類 | クラウドベリーやブルーベリーなども、地域の伝統的な食材として挙げられています。 |
ベリー類なども食生活の一部です。利用する食材や食べ方は、地域や季節によって異なります。
イヌイットとアザラシ
アザラシなどの海獣は、イヌイットの暮らしを支えてきた大切な資源です。前述のホルマンの調査では、アザラシの肝臓がビタミンC源の一つとして分析されています。[7]また、海獣の油は石のランプの燃料として暖房と明かりに、皮は衣服や住まいの材料として使われてきました。[9]
イヌイットは生肉で食中毒にならないの?
イヌイットの人々も、生肉で食中毒になることがあります。実際に報告された例を見てみましょう。
生肉:寄生虫による感染の報告がある
米国疾病対策センター(CDC)は、アラスカで2016〜2017年に起きた、セイウチの肉に関連する旋毛虫症の集団感染を報告しています。北極圏の動物に寄生する旋毛虫には冷凍に耐えるものもあり、「凍っていれば寄生虫の心配がない」とは言えません。[3]
生魚:アニサキスによる感染例もある
生魚では、アニサキスによる感染も報告されています。2010年の症例報告では、カナダ・ケベック北部で、生のホッキョクイワナを食べたイヌイットの女性の胃から、アニサキスの幼虫が見つかりました。内視鏡で幼虫を取り除いた後、腹痛は治まっています。[8]
補足:発酵させた伝統食にも注意点があります
CDCは、アラスカの伝統的な発酵食品などに関連したボツリヌス症についても注意を呼びかけています。こちらは、生肉に伴う寄生虫の問題とは異なります。発酵や保存の条件によって生じる危険を、個別に考える必要があります。[4]
伝統的な調理法を断片的な説明だけでまねたり、見た目や味で安全を判断したりすることは避けましょう。
イヌイットの食事は現在どうなっている?
現在のイヌイットの食卓には、狩猟や漁で得た伝統的な食べ物と、パンや米、パスタ、乳製品など店で買う食品の両方が並んでいます。[6]地域や家庭によって違いはありますが、生の肉や魚を食べる習慣も、今に受け継がれています。[1]
ただ、伝統食の割合は減り、甘い飲み物やパンなどが増えてきました。その結果、かつてはまれだった糖尿病や肥満、虫歯が増えています。今の食生活と健康の変化、平均寿命については、イヌイットの食事は現在どうなった?昔と今の食生活の変化と、寿命・健康への影響でくわしく紹介しています。
こうした食の習慣は、栄養を得るだけでなく、家族や地域のつながりも支えています。生肉に限らず、地域で獲れる魚や動物などを使った伝統的な食べ物を、獲り、調理し、分け合うことも、大切な文化として受け継がれています。[1][2]
極寒を生き抜くイヌイットの住居
厳しい寒さの中で暮らすための工夫は、食生活だけでなく住まいにも見られます。
イグルーとは?雪のブロックで造るドーム形の住居
イヌイットの住まいとして有名なイグルー(イグルー/iglu)は、もともとイヌイット語(イヌクティトゥット語)で「家」を意味する言葉です。英語では、固い雪のブロックを積み上げて造るドーム形の冬の住居を指します。[13]
イグルーは、冬に家族が暮らす住まいとして使われたほか、冬に狩りに出かけた人が一晩過ごしたり、吹雪をしのいだりするための小さなシェルターとしても造られました。暖かい季節には、移動の際に「トゥピック(tupiq)」と呼ばれるテントが使われました。[13]
季節や用途に合わせて住まいを使い分ける
伝統的な住まいには、季節や用途に応じて、動物の皮を使ったテントや、地面を掘り下げた住居などもありました。地域によっても、利用する住まいは異なります。[9]
寒い季節の住居には、木やクジラの骨を骨組みにし、芝土や動物の皮で覆うものがありました。室内では、海獣の油を燃やす石のランプが、暖房と明かりの役割を果たしていました。[9]
現在のイヌイットの住まい
現在、多くのイヌイットは、イグルーではなく現代的な住宅で暮らしています。それでも、狩りの際に実用的なシェルターとしてイグルーを造る人もいます。長老が若い世代に造り方を教えたり、イグルー造りの競技会が開かれたりするなど、文化としても受け継がれています。[13]
食料となる動物を、住まいや衣服にも生かす
狩猟で得た動物は、肉を食べるだけでなく、油や皮、骨も暮らしに利用されてきました。皮は衣服や住まいに、骨は住居の骨組みなどに使われ、食事と住まいを支えていたのです。[9]
その土地で得られるものを生かし、季節に合わせて暮らし方を変える。こうした工夫にも、極寒を生き抜いてきた知恵が表れています。
イヌイットについてよくある質問
Q. イヌイットはどこの国の人?
イヌイットは特定の一つの国の民族ではなく、グリーンランド(デンマーク領)、カナダ、アメリカ(アラスカ)、ロシア(チュコト半島)にまたがる北極圏に暮らしています。[10]
Q. 今もイグルーに住んでいるの?
多くのイヌイットは現代的な住宅に住んでいます。イグルーは、狩りの際のシェルターや、文化を伝える場面などで今も造られています。[13]
Q. エスキモーという言葉は使ってはいけない?
外部の人がつけた呼び名であることから、多くの人々にとって受け入れがたい言葉とされ、現在は「イヌイット」が使われるのが一般的です。ただし、ユピックの人々のようにイヌイットと呼ばれない民族もいるため、地域に合わせた呼び方が大切です。[12]
まとめ|生肉を食べる理由は、栄養と地域性
イヌイットは、グリーンランド・カナダ・アラスカ・チュコト半島の北極圏に暮らす先住民族です。現在は「エスキモー」ではなく「イヌイット」と呼ぶのが一般的です。
イヌイットの生食には、加熱で減るビタミンCを取り入れられる利点があります。また、凍った肉や魚をそのまま食べる習慣など、地域性もあります。
一方、寄生虫による食中毒も報告されています。冷凍に耐える寄生虫もいるため、凍らせれば安全というわけではありません。[3]
参考にした資料
- Inuvialuit Regional Corporation「Food」:地域の伝統食、調理の例、食と文化の関係。
- Inuit Tapiriit Kanatami「Inuit Nunangat Food Security Strategy」:食料へのアクセスと文化的に望ましい食の確保。
- CDC「Two Outbreaks of Trichinellosis Linked to Consumption of Walrus Meat — Alaska, 2016–2017」:セイウチ肉に関連する旋毛虫症の報告。
- CDC「Alaska Native Foods」:伝統的な食品とボツリヌス症の注意点。
- Inuvialuit Regional Corporation「About」:団体の役割と活動目的。
- Qanuilirpitaa? 2017「Country and Market Food Consumption and Nutritional Status」:ヌナビクの伝統食・市販食品の摂取調査。
- Geraci & Smith(1979)「Vitamin C in the Diet of Inuit Hunters From Holman, Northwest Territories」:1975年の3家族の食生活調査と、生・加熱後の食品中のビタミンC分析。特定の地域・時期を対象とした研究です。
- Bhat & Cleland(2010)「Gastric Anisakiasis」:生のホッキョクイワナを食べたイヌイット女性の胃アニサキス症の症例報告。
- Newfoundland and Labrador Heritage「Precontact Inuit Land Use」:歴史的な住居、季節ごとの暮らし、動物資源の利用。
- Encyclopaedia Britannica「Inuit」:イヌイットの居住地域。
- Statistics Canada「The Daily, September 21, 2022」:2021年国勢調査によるイヌイット人口と居住地域。
- University of Alaska Fairbanks, Alaska Native Language Center「Inuit or Eskimo: Which name to use?」:呼び名の違いと使われ方。
- The Canadian Encyclopedia「Igloo」:イグルーの意味、歴史的な使われ方と現在。
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