(本ページはプロモーションが含まれています)
※この記事は2026年11月時点で公開されているインタビューや報道をもとに書いています。最新の情報は本人の発信や公式発表でご確認ください。
「永ちゃん」こと矢沢永吉さん。2025年にソロデビュー50周年を迎え、今も東京ドームのステージに立ち続けるロックシンガーです。
けれど、その道のりは順風満帆ではありませんでした。広島での貧しい生い立ち。そして1990年代、信頼していた側近による不正で、約35億円ともいわれる損害と借金を背負います。いわゆる「オーストラリア詐欺事件」です。
この記事では、矢沢永吉さんの若い頃から自伝『成りあがり』、詐欺事件と借金返済までを、報道や本人の言葉をもとにたどります。最後に、私たちが真似できる「突破のヒント」もまとめました。
矢沢永吉のプロフィール
| 名前 | 矢沢永吉(やざわ えいきち) |
|---|---|
| 生年月日 | 1949年9月14日 |
| 出身地 | 広島県広島市 |
| 職業 | 歌手(ロックシンガー) |
| デビュー | 1972年、ロックバンド「キャロル」で |
| ソロデビュー | 1975年(キャロル解散後) |
| 主な著書 | 『成りあがり』(1978年)、『アー・ユー・ハッピー?』 |
矢沢永吉の生い立ち|貧しかった若い頃
広島での少年時代
矢沢さんは1949年、広島市で生まれました。幼いころに母親が家を出て、父親は小学2年生のときに病気で亡くなったと紹介されています。その後は父方の祖母に育てられ、とても貧しい少年時代を過ごしたといわれています。
夜汽車で上京し、横浜で途中下車
高校を卒業すると、矢沢さんは広島から夜行列車に乗って上京します。ポケットにはアルバイトで貯めた5万円だけ。東京へ向かうつもりが、横浜で降りて、そこから音楽活動を始めたと紹介されています。
1972年にはバンド「キャロル」でデビュー。1975年の解散後はソロとして歩き出し、早い時期から自分の曲の権利を自分で管理する会社をつくったと報じられています。歌うだけでなく「ビジネスも自分でやる」。この姿勢が、のちの矢沢さんを支えることになります。
自伝『成りあがり』と矢沢永吉の名言
1978年、矢沢さんは自伝『成りあがり』を出します。広島から上京した少年が、くやしさやみじめさを吐き出しながらスターへ駆け上がる一冊です。今も読み継がれるロングセラーとして紹介されています(「成り上がり」と書かれることもありますが、書名は『成りあがり』です)。
この本には、矢沢さんの考え方がまっすぐに表れた言葉がたくさんあります。たとえば、人に頼りきらず自分の力で道を切り開くことを説いた、こんな一節です。
「十が全部なら、そのうちの七・八・九までは自分の力でやっていけ。」
出典:『成りあがり』より(文春オンライン(2019年9月)で紹介)
オーストラリア詐欺事件|約35億円の借金を背負う
夢だったゴールドコーストのビル計画
1980年代、矢沢さんは世界進出を見すえて、オーストラリアのゴールドコーストに土地を買いました。録音スタジオや、後輩を育てる音楽学校を入れたビルを建てる計画だったと報じられています。
信頼していた側近の不正
ところが、現地の会社の元役員と、個人事務所の元経理責任者が、矢沢さんに無断で土地を担保にお金を借りていました。その資金は別の開発に回され、失敗。土地は競売にかけられ、他人の手に渡っていたと報じられています。
事件が明るみに出たのは1998年。損害は約35億円と報じられています(土地に約31億円、準備資金に約4億円とされています)。矢沢さん自身は著書で「30億円以上」と明かしています。お金のほとんどは銀行からの借り入れだったため、借金だけが矢沢さんに残りました。
発覚したときの気持ちを、矢沢さんはテレビ番組でこう語っています。
「それはもうショックですよ。ビックリを通り越してショック」
つらい時期には髪が大量に抜け、過呼吸にもなったと番組で振り返っています。
借金をどう返したのか|ステージに立ち続けた日々
借金について、税理士からは「返済には長い年月がかかるが、返すことはできる」という見通しを伝えられたと紹介されています。矢沢さんはその後もツアーを重ね、1999年には映画『お受験』で初主演するなど、新しい挑戦も続けました。
裁判では2003年に2人の有罪判決が出ました。番組では、2004年4月に借金を完済したと紹介されています。6年ほどで大部分を返したという報道もあり、返済期間の伝えられ方には幅があります。
事件について、矢沢さんは著書でこう書いています。だまされたことを責めるより、だまされた自分ごと受け止めようとする言葉です。
「オレは騙された自分のことがイヤじゃない。」
出典:著書より(日刊ゲンダイDIGITAL(2013年1月)で紹介)
同じ記事では「失ったのはたいしたものじゃない」という言葉も紹介されています。お金は失っても、自分の音楽と誇りは失っていない。そんな強さが伝わってきます。
矢沢永吉に学ぶ、真似できる3つの突破法
1. 「七・八・九は自分で」と決める
『成りあがり』の言葉のとおり、全部を人任せにしないことです。仕事でも生活でも、大事なところは自分で把握しておく。小さなことからで大丈夫です。
2. 落ち込む時間を区切って、次の一手を打つ
矢沢さんも、知らせを聞いてすぐに立ち直れたわけではありません。それでも返済の見通しを確かめ、ツアーという得意なことで動き出しました。落ち込むのは自然なこと。そのうえで「今できること」を一つ決めるのが突破の第一歩です。
3. 自分を責めすぎない
「騙された自分のことがイヤじゃない」。失敗したとき、つい自分を責めてしまいがちです。でも、自分を否定しすぎると前に進む力も弱まります。起きたことは受け止めて、自分の価値までは手放さない。この姿勢は誰にでも真似できます。
矢沢永吉のライブ映像を見る(公式動画)
矢沢永吉の本・ライブDVD
矢沢さんの言葉やステージにふれたい方に、本人の著書とライブ作品を紹介します。
自伝『成りあがり』(新装版)
広島から夜汽車で上京した少年が、スターになるまでを語った一冊。生い立ちや若い頃の思いが、本人の言葉でつづられています。
『アー・ユー・ハッピー?』
51歳の矢沢さんが語る幸福論。目次には「オーストラリア事件」「裏切り」の章があり、文庫版には判決後の追加原稿も収録されています。
ライブDVD『ALL TIME BEST LIVE』
デビュー50周年の集大成として、ライブ映像50ステージを厳選したDVD4枚組。本人がリミックス・リマスターを監修しています。
ライブDVD『Do It!YAZAWA 2025』東京ドーム公演
2025年11月の東京ドーム公演初日を収録。東京ドーム単独公演の最年長記録となったステージと紹介されています。
価格・在庫は各ショップの商品ページでご確認ください。
まとめ|矢沢永吉は生い立ちも借金も「成りあがり」の力に変えた
- 広島で祖母に育てられ、貧しい少年時代を過ごしたと紹介されている
- 高校卒業後に上京し、横浜から音楽の道へ。1978年に自伝『成りあがり』を出した
- 1998年に発覚したオーストラリア詐欺事件で、約35億円と報じられる損害と借金を背負った
- ステージに立ち続けて借金を返し、2004年に完済したと紹介されている
何もないところから成りあがり、すべてを失いかけても、また歌って取り戻す。矢沢永吉さんの歩みは、「逆境は終わりではない」と教えてくれます。つまずいたときは、「七・八・九は自分の力で」という言葉を思い出してみてください。
関連記事



