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※この記事は2026年11月時点で公開されているインタビューや報道をもとに書いています。最新の情報は本人の発信や公式発表でご確認ください。
「桜」「蕾(つぼみ)」「永遠にともに」。コブクロの歌は、卒業式や結婚式で今も歌い継がれています。曲の多くを手がけ、高く伸びる声でハーモニーを支えてきたのが小渕健太郎さんです。
その小渕さんが、2011年に「発声時頸部(けいぶ)ジストニア」と診断され、コブクロは活動休止に入りました。歌い手にとって、いちばん大切な「声」が思うように出ない。それは大きな壁だったはずです。
この記事では、コブクロ小渕さんの病気と活動休止、そして復帰までの道のりを、公表された情報と本人の言葉からたどります。路上ライブから始まったコブクロの歩みも、短く紹介します。
小渕健太郎さんのプロフィール
| 名前 | 小渕健太郎(こぶち けんたろう) |
| 生年月日 | 1977年3月13日 |
| 出身地 | 宮崎県 |
| グループ | コブクロ(黒田俊介さんとのデュオ) |
| 結成 | 1998年9月、大阪で結成 |
| メジャーデビュー | 2001年3月「YELL~エール~/Bell」 |
| 公表した病気 | 発声時頸部ジストニア(2011年) |
路上ライブから始まったコブクロ
コブクロは、大阪の路上で別々に歌っていた小渕さんと黒田さんが意気投合して生まれたと紹介されています。1998年に結成し、商店街などでのストリートライブで少しずつファンを増やしていきました。
ところが、初めて開いた有料ライブ(チケット500円)に来たお客さんは67人だったと報じられています。路上ライブでは、ノートに約2,000人分の連絡先が書かれていたそうです。無料と有料の差を思い知った経験について、小渕さんはテレビ番組でこう振り返っています。
「そこで僕ら、火がついたんですよね」
2001年3月に「YELL~エール~/Bell」でメジャーデビュー。その後「桜」「蕾」などのヒットで、国民的なデュオになっていきます。
コブクロ小渕の病気「発声時頸部ジストニア」と活動休止
2011年8月、当面の休養を発表
2011年8月28日、コブクロは「当面の間休養する」と発表しました。小渕さんは「発声時頸部ジストニア」と診断されていたと報じられています。黒田さんも、腰痛の悪化などで療養していたと伝えられています。
声を出すときに起きる症状
報道では、発声時頸部ジストニアは「声を出すときに首まわりの筋肉がこわばる症状」と説明されています。小渕さんの場合は、高い音が出しづらくなっていたと報じられました。高音のハーモニーを担う小渕さんにとって、とても重い出来事だったことがうかがえます。
なお、症状の出方や治療の考え方は人によって違います。声や首の不調が気になる方は、自己判断せずに医療機関に相談してください。
約7か月後の復帰、そして初のドーム公演へ
2012年4月、活動再開を宣言
休養の発表から約7か月後の2012年4月、コブクロは活動再開を宣言しました。報道では「恩返しができるように」という言葉とともに、ファンへの思いが伝えられています。
復帰後初のツアーで、初めてのドーム公演
2013年には、復帰後初となる全国ツアー「KOBUKURO LIVE TOUR 2013 “One Song From Two Hearts”」を開催。全国5都市9公演で約14万人を動員し、7月21日の京セラドーム大阪公演は、コブクロにとって初のドーム公演になったと紹介されています。
小渕さんは休止をどう乗り越えたのか
2017年のインタビューで、小渕さんは休止前の自分を振り返っています。「これをやるしかない」「こうあるべきだ」と、すべてを決めつけて進んでいたそうです。そして、休んだことの意味をこう語りました。
「一番分厚い壁が破れていない状態を破ったのが、まさに休んだときなんですよね」
同じ記事では、休止で2人が「ただの黒田俊介と小渕健太郎」に戻り、再び集まったあとに「どんな自分たちでもいい」と思えるようになったと紹介されています。再始動後のフリーライブに約5万人が集まったことも、大きな転機になったそうです。
「そうさせてくれたのは、お客さんでした」
今は、ためこんで一気に爆発させるのではなく、日々の中で少しずつ休みを取り入れていると語っています。病気を「克服した」と言い切るより、自分の声や心と向き合い続けながら歌っている。そんな姿が見えてきます。
小渕健太郎さんに学ぶ、真似できる3つの突破法
1. 「止まる」ことを選択肢に入れる
小渕さんは、いちばん分厚い壁を破ったのは「休んだとき」だと語りました。走り続けることだけが前進ではありません。立ち止まる時間が、次の一歩をつくることもあります。
2. 「こうあるべき」をいったん手放す
休止前は「こうあるべき」と決めつけていた、と小渕さんは振り返っています。自分を縛っている思い込みに気づくだけで、選べる道は増えます。「どんな自分でもいい」と思えたとき、肩の力が抜けるはずです。
3. 少数の応援を「火種」にする
初の有料ライブは67人。それでも2人は「火がついた」と前を向きました。そして復帰後は、お客さんの存在が2人を変えたと語っています。目の前の数人を大切にすることが、大きな流れの始まりになります。
コブクロ「蕾」を聴く(公式動画)
コブクロのライブDVD・CD
活動休止を経て、ふたたびステージに立った2人。その歌声は、ライブ映像で確かめるのがいちばんです。楽天ブックスで確認できる作品を紹介します。
復帰後初のツアー、初のドーム公演を完全収録
「KOBUKURO LIVE TOUR 2013 “One Song From Two Hearts”」から、ツアーファイナルとなった2013年7月21日の京セラドーム大阪公演を収録したDVD(2枚組)です。
ファン投票で選ばれた名曲ライブの集大成
歴代のライブ映像作品から、ファンサイト会員の投票で選ばれた楽曲をもとに、2人がセットリストを決めたベストライブ作品です。「SILVER LIVE BEST」もセットになったDVD4枚組のBOX仕様です。
いちばん新しいツアーの姿を見るなら
2025年の全国ツアーから、10月26日の横浜・ぴあアリーナMM公演を収録したDVD(通常盤・2枚組)です。2人による副音声コメンタリーも収録されています。
コブクロ『ALL TIME BEST 1998-2018』(CD)
結成20周年のオールタイム・ベスト。「桜」、レコード大賞受賞曲「蕾」、「ここにしか咲かない花」「流星」などを収録しています(通常盤)。
価格・在庫は各ショップの商品ページでご確認ください。
まとめ:声の壁の先にあった「どんな自分たちでもいい」
- コブクロは1998年に大阪で結成。路上ライブから始まり、初の有料ライブは67人でした。
- 2011年8月、小渕さんが「発声時頸部ジストニア」と診断され、コブクロは活動休止を発表しました。
- 2012年4月に活動再開を宣言し、2013年には復帰後初のツアーで初のドーム公演を行いました。
- 小渕さんは、休んだことが「一番分厚い壁」を破るきっかけになったと語っています。
声が出ないという、歌い手にとって最もつらい壁。小渕さんはそこで無理に進むのではなく、いったん止まることを選びました。そして「どんな自分たちでもいい」と思えたことが、今のコブクロにつながっています。がんばり続けて苦しいときは、止まることも一つの突破法です。
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参考にした資料
- ORICON NEWS「コブクロ、サラリーマン時代の苦悩を曲に! 活動休止で…」(2017年)
- Techinsight(ライブドアニュース)コブクロ小渕の発声時頸部ジストニアと休養・活動再開に関する記事
- スポーツ報知「コブクロ、活動再開を宣言…休養から7か月」(転載ページ)
- Billboard JAPAN「コブクロ いよいよ活動再開」(2012年4月)
- ORICON NEWS「コブクロ、初の有料ライブで集まった観客数にがく然」(秋田魁新報電子版、2026年7月)
- PRESIDENT Online(2018年11月)コブクロ結成記念日のシークレットライブに関する記事
- UtaTen コブクロ アーティストプロフィール
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