堂本剛の突発性難聴の現在|耳の後遺症と病気と向き合う理由、若い頃からの歩みと名言

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※この記事は2026年11月時点で公開されているインタビューや報道をもとに書いています。最新の情報は本人の発信や公式発表でご確認ください。

堂本剛さんは今も、.ENDRECHERI.(エンドリケリー)の名前でファンクを軸にした音楽を作り、ステージに立ち続けています。2026年8月にはアルバム『new chapter purple』も発売されました。

でも、その歌声の裏には、2017年に発症した突発性難聴があります。本人は今も「後遺症がけっこうある」と話しています。耳の不調を抱えたまま、どうやって歌い続けているのでしょうか。

この記事では、堂本剛さんの突発性難聴の経過と現在、音楽を続けるために選んだ道、そして本人の言葉(名言)を、公表されている範囲でまとめます。

目次

堂本剛のプロフィール

名前堂本剛(どうもと つよし)
生年月日1979年4月10日
出身地奈良県
デビュー1997年、KinKi Kidsとしてシングル「硝子の少年」でCDデビュー
ソロ活動2002年にソロデビュー。現在は.ENDRECHERI.名義でも活動
聴こえの不調2017年6月に突発性難聴で入院。後遺症があると本人が語っている
近年の動き2024年3月末で所属事務所との個人の契約を終了

若い頃から歌の第一線に

堂本剛さんは若い頃、1997年にKinKi Kidsとして「硝子の少年」でCDデビューしました。2002年にはソロでもデビューしています。

その後はソロ名義を変えながら、自分で曲を作り、ファンクに軸足を置いた音楽を続けてきました。商品紹介では、Pファンクの創始者ジョージ・クリントンに感銘を受けながら、ジャンルにとらわれない音楽を発信していると紹介されています。

2017年、突発性難聴で入院

生放送で伝えられた入院

2017年6月28日、音楽番組の生放送で、相方の堂本光一さんが「突発性難聴によって、大事を取って1週間入院する」と伝えました。光一さんは「歌うのもままならない状態」とも説明しています。

その後、堂本剛さんはしばらく音楽活動を休みました。

「最初の2〜3週間は音が怖かった」

2017年8月、本人はラジオ番組で当時の様子を話しました。急に後ろで人が騒ぐような「予測できない音」が、最初の2週間、3週間は怖かったそうです。

聴こえ方についても、「昔に比べると低音は響いてない」「真ん中がやっぱり(音が)いない」と説明しています。そして回復の見通しについては、こう語りました。

「気付いたら良くなっているかも知らんし、何年かかるかも分からない」

出典:モデルプレス(2017年8月)

同じ放送では、突発性難聴について「色んな人の認識を変えるきっかけになればいいな」とも話しています。

2017年秋、音楽活動を再開

2017年9月、医師と相談したうえで音楽活動を再開すると発表されました。本人は「ステージ立たせて頂ける幸せと、歌唱披露ができる喜びを全身で感じたい」とコメントしています。

突発性難聴の現在|耳の後遺症「音響障害」

発症から何年たっても、聴こえの不調は続いています。2026年8月のテレビ番組で、本人は今の耳の状態をこう説明しました。

「聞こえないもあるんですけど、音響障害って言って、大きい音が割れちゃうんですよね」

出典:デイリースポーツ(2026年8月)

音が割れると、自分がどこを歌っているのか分からなくなるそうです。そのため、ライブではノイズキャンセリングのヘッドフォンをつけ、外の音をさえぎって歌っていると話しています。

会場が大きいほど起こりやすく、会場によってはヘッドフォンを外すこともあるとのこと。ヘッドフォン姿には、こうした理由があったのです。

病気と向き合いながら音楽を続けるために

「体を犠牲にしてまで」を問い直した

発症した年のラジオで、堂本剛さんは働き方そのものを見つめ直したと話しています。

「自分の体を犠牲にしてまで何かをすることが良いことなのかとか今回色々考えました」

出典:モデルプレス(2017年8月)

そのうえで、体も心もいたわりながら、ファンとつながれる場所があることが大切だと感じた、とも語っています。

2024年、環境を大きく変える決断

2024年2月、堂本剛さんは個人の活動について、3月末で所属事務所との契約を終えると発表しました。Instagramでは「体と向き合い自分なりの闘い方を模索しながらアーティスト活動を続けて来ました」とつづっています。

「アーティストとしての人生をここから先も進むためには環境を大きく変化させる必要があると感じました」

出典:モデルプレス(2024年2月)

同じ時期のラジオでは、後遺症がこの決断に関係していることを説明しています。体調に合わせて予定を組めるようにし、音楽を続けるための選択だったと報じられています。番組は「人生一度きりだし、自分らしく生きていく」という言葉で結ばれました。

「1ミリでも良いから前に進む」

2025年1月のラジオでは、発症したときに「すごい不安になった」と振り返りました。それでも「音楽が好きだからどうやったらこの体で音楽できるんだろう」と必死に考えたそうです。

「でもそれをちゃんと自分のものにして1ミリでも良いから前に進む。」

出典:モデルプレス(2025年1月)

思うように音楽ができない場面では「落ち込むしすごく傷つく」とも正直に話しています。落ち込む自分を隠さず、それでも少しずつ進む。その姿勢が、この言葉にあらわれています。

本人は、もともとは「ネガティブ」な性格だと言います。ファンクミュージックに出会ったことで、気づけばポジティブになっていたそうです。

堂本剛と山下達郎、百田夏菜子とのつながり

山下達郎|デビュー曲「硝子の少年」から続く縁

KinKi Kidsのデビュー曲「硝子の少年」(1997年)は、山下達郎さんが作曲した曲です。山下さんは当時を振り返り、2人には最初から特徴のある声と歌いぐせがあったと語っています。

2022年12月のテレビ番組では、堂本剛さんが山下さんと話したときのことを明かしました。山下さんがぼそっと口にした言葉が、強く心に残っているそうです。

「本当のスターってステージにただ出るだけでいいんだよなみたいな事をぼそっと仰ったんですよ。」

出典:堂本剛さんの発言(日本テレビ「ZIP!」2022年12月)/ココナッツジャパン(2022年12月)

同じ年の大みそか、NHK紅白歌合戦に出場したKinKi Kidsには、山下さんからメッセージが届きました。「25年前に始めてお会いしたときと2人の空気が全く変わらないことが、何より1番うれしい驚きです」。このサプライズに、堂本剛さんは「サプライズに強いと思って生きてきたんですけど、こんなにも弱いとは」と照れ笑いを見せたと報じられています。

百田夏菜子|楽曲提供「桃色空」から結婚へ

ももいろクローバーZの百田夏菜子さんとのつながりは、音楽から始まっています。2016年、堂本剛さんはももクロのアルバム『白金の夜明け』に「桃色空」を提供しました。作詞・作曲とも堂本さんで、当時の事務所以外のアーティストへの楽曲提供はこれが初めてと報じられました。2人はテレビ番組で共演したこともあると紹介されています。

そして2024年1月11日、2人は連名で結婚を発表しました。どのように出会い、交際に至ったのかについて、本人たちは詳しく語っていません。堂本さんは同じ月のラジオで「読みきれないほどの祝福メッセージをたくさんいただきました。ありがとうございました」と感謝を伝えています。

結婚発表の翌月には、事務所からの独立も発表しています。聴こえの不調と向き合いながら、仕事の環境も暮らしも大きく変えた年だったといえます。

堂本剛に学ぶ、真似できる3つの突破法

1. 「治ったら再開」ではなく「この体でどうやるか」を考える

堂本剛さんは、元どおりになるのを待つのではなく、今の体で音楽をする方法を探しました。ヘッドフォンで外の音をさえぎるのも、その工夫のひとつです。できない理由より、できるやり方に目を向けてみましょう。

2. 大事なものを守るために、環境を変える

2024年の独立は、「音楽を続けるため」の決断でした。続けたいことがあるなら、自分の側ではなく、働く環境や予定の組み方を変えるという選択肢もあります。

3. 落ち込みを認めて、1ミリだけ進む

「落ち込むし傷つく」と認めたうえで、「1ミリでも良いから前に進む」。いつも前向きでいる必要はありません。小さな一歩を積み重ねることが、長く続ける力になります。

堂本剛(ENDRECHERI)の音楽を聴く(公式動画)

ENDRECHERI「ソメイヨシノ」(YouTube公式配信)

堂本剛の音楽と本

聴こえの不調と向き合いながら作られた最近の作品と、本人の対談集を紹介します。

2026年の最新アルバム『new chapter purple』

.ENDRECHERI.名義で2026年8月12日に発売されたアルバムです。約1年半ぶりのパッケージCDアルバムで、通常盤は13曲を収録しています。

.ENDRECHERI./ソニー・ミュージックレーベルズ
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独立後に届いたアルバム『END RE』

2025年2月26日発売の.ENDRECHERI.のアルバムです。名前には終わりの「END」と、「Restart」「Reborn」など新しい始まりを感じさせる「RE」が込められていると紹介されています。

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本人の言葉にふれる対談集『ココロのはなし』

堂本剛さんと、NHK「ココロ見」制作班による本です(KADOKAWA、2014年)。各界で活躍する人との対談をまとめた、生きるヒントの詰まった人生哲学対談集と紹介されています。

堂本剛、NHK「ココロ見」制作班/KADOKAWA
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価格・在庫は各ショップの商品ページでご確認ください。

まとめ|堂本剛は聴こえの不調と向き合いながら歌い続けている

  • 堂本剛さんは2017年6月に突発性難聴で入院し、同年秋に音楽活動を再開した
  • 現在も後遺症があり、大きい音が割れる「音響障害」があると本人が語っている
  • ライブではノイズキャンセリングのヘッドフォンなどで工夫しながら歌っている
  • 2024年には音楽を続けるために環境を変え、今も.ENDRECHERI.として新作を出している

堂本剛さんは、突発性難聴を「克服した」とは言っていません。聴こえの不調と向き合い続けながら、「この体でどうやって音楽をするか」を考え、続けてきました。落ち込む日があっても、1ミリでも前に進む。その言葉は、思うようにいかない毎日を過ごす人の背中も、そっと押してくれるはずです。

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この記事を書いた人

こんにちは。 このブログは、困難や障害を突破する方法を解説しています。 仕事・お金・健康に関する記事は、公的機関の資料やサービスの公式情報を確認して書いています。特に、薄毛・脱毛・歯列矯正など医療や健康に関わる記事は、学会の診療ガイドラインや公的機関の資料を根拠にし、記事の最後に参考資料を載せています(制作方針は運営者情報に掲載しています)。 私自身の実体験や、困難に直面したときの考え方はnoteでも発信しています。 ▶ note「突破ラボ」を読む 人生、山あり谷ありで、誰でも大なり小なり行く手を阻む壁みたいなものを感じている方も多いのではないでしょうか。健康に関すること、お金に関すること、対人関係に関すること、様々な壁が私たちの前に立ちはだかります。壁を前にすると、結構悲観的になったりしますよね。 でも、案外、見方を変えたらうまくいったり、案ずるより産むが易し、であまり考えずに行動したらうまくいったりすることもあります。このブログではそんな困難を突破する方法を提示していきたいと考えています。このブログが少しでも皆様のお役に立てれば幸いです。

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