浜崎あゆみの左耳の難聴と現在|「突発性難聴」と報じられた病気、それでも歌い続ける理由と生い立ち・名言

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※この記事は2026年11月時点で公開されているインタビューや報道をもとに書いています。最新の情報は本人の発信や公式発表でご確認ください。

浜崎あゆみさんは、デビューから25年以上たった今もステージに立ち続けています。2026年も全国ツアーで各地をまわっています。

けれど、その歌声の裏には大きな逆境があります。2008年、浜崎さんは「左耳がもう聞こえない」とファンに打ち明けました。歌手にとって、耳は命と同じくらい大切なものです。

この記事では、浜崎あゆみさんの突発性難聴と報じられた耳の病気、公表のときの言葉、そして現在まで歌い続けている姿をまとめます。若い頃の歩みや、心に残る名言も紹介します。

目次

浜崎あゆみさんのプロフィール

名前浜崎あゆみ(はまさき あゆみ)
生年月日1978年10月2日
出身地福岡県
歌手デビュー1998年、シングル「poker face」
主な実績1stアルバム『A Song for ××』がオリコン1位(1999年)、「SEASONS」で日本レコード大賞・作詩賞(2000年)など
耳のこと2008年1月、左耳の聴力を失ったことをファンクラブサイトで公表

若い頃の浜崎あゆみさん|生い立ちとデビューまで

浜崎さんは福岡県の出身です。芸能活動を経て、歌手デビューに向けた準備を始めます(くわしくは次の章で紹介します)。

1998年に「poker face」で歌手デビュー。翌1999年には1stアルバム『A Song for ××』がオリコン1位になり、NHK紅白歌合戦にも初めて出場しました。自分で書く歌詞が、多くの若者の心をつかみました。

2000年には「SEASONS」で日本レコード大賞の作詩賞を受賞しています。まさに時代の真ん中を走っていた頃です。

浜崎あゆみのデビュー秘話|松浦勝人との出会い

六本木のディスコで声をかけられた

浜崎さんは、はじめから歌手を目指していたわけではありませんでした。1995年に「AYUMI」の名前でCDを出したこともありますが、大きなヒットにはならなかったと紹介されています。

転機は1995年。よく通っていた六本木のディスコ「ヴェルファーレ」のVIPルームで、当時エイベックスの専務だった松浦勝人さん(のちに社長・会長)と出会ったと報じられています。所属事務所との契約が終わったあと、松浦さんから「エイベックスで歌わないか」と誘われたそうです。

本人はのちに雑誌の対談で、松浦さんから「歌が下手だから、レッスンに行け」と言われたと振り返っています。デビュー前にはアメリカでおよそ3カ月、ボイストレーニングを受けたと紹介されています。

「書いてみろ」から始まった作詞

浜崎さんの歌詞を書く力を見いだしたのも、松浦さんだったといわれています。「書いてみろ」とすすめられたことが、作詞を始めるきっかけになったと紹介されています。

1998年4月、シングル「poker face」でエイベックスからデビュー。孤独や不安をまっすぐに書いた歌詞は、同じ世代の若者の心をつかみました。

小説『M 愛すべき人がいて』で明かされた思い

2019年8月、作家の小松成美さんが浜崎さんへの取材をもとに書いた『M 愛すべき人がいて』(幻冬舎)が出版されました。冒頭に「事実に基づくフィクションである」と記された小説で、デビューのころの松浦さんとの恋が描かれています。

小松さんは、浜崎さんと松浦さんの2人に約1年かけて話を聞いたとテレビ番組で語り、「この恋愛が無ければあの曲たちは生まれていない」と話しています。出版にあたり、浜崎さんはこんなコメントを寄せました。

「はい。自分の身を滅ぼすほど、ひとりの男性を愛しました」

出典:ORICON NEWS(2019年8月)

才能を見つけて信じてくれた人がいたこと。そして、そのときの気持ちを歌詞にしたこと。それが、のちの「歌姫」浜崎あゆみの原点になりました。

浜崎あゆみさんの突発性難聴|左耳が聞こえないと公表した2008年

始まりは2000年の耳の病気

浜崎さんは2000年に、「突発性内耳障害」と報じられた耳の不調で、コンサートツアーを延期したことがあります。この耳の病気は、のちに「突発性難聴」と紹介されることも多くなりました。

2008年の公表時の報道では、このとき患った耳の病気が悪化したとみられる、と伝えられました。

ファンに最初に伝えた「左耳はもう聞こえない」

2008年1月4日、浜崎さんは公式ファンクラブ「TeamAyu」のサイトにメッセージを載せました。前の年に耳の検査を受け、左耳の聴力が失われていると告げられた、という内容です。

「実は去年、耳の検査をしてもらったのだけど、左耳はもう完全に機能しておらず、治療の術はないと診断されたんだ」

出典:J-CASTニュース(2008年1月)

このメッセージでは、家族やスタッフより先に、まずファンに伝えたかったという気持ちもつづられていたと報じられています。なお、メッセージの中では具体的な病名は書かれていなかったと伝えられています。

その後の耳の状態

2017年5月には、左耳をかばってきた右耳の聴力も弱っていると本人が明かした、と海外メディアなどで報じられました。リハーサル中に強いめまいに悩まされていることも伝えられています。

耳の状態は「治った」と言えるものではありません。浜崎さんは今も、聞こえにくさと向き合い続けながら歌っています。

耳が聞こえないのに歌い続ける|浜崎あゆみさんの名言と現在

左耳の聴力を失ったと伝えたメッセージには、続けてこんな決意が書かれていました。

「それでもやっぱり、私はボーカリストであり続けたい。だから、残されたこの右耳がいけるところまで、限界まで、歌い続ける」

出典:J-CASTニュース(2008年1月)

この言葉は、多くのファンにとって忘れられない名言になりました。できなくなったことを嘆くより、残ったもので何ができるかを見ています。

2017年に右耳の不調が報じられたときも、ステージこそが自分の居場所だという思いを語ったと伝えられています。

そして現在。2023年にはデビュー25周年のライブを行い、その後もカウントダウンライブや全国ツアーを続けています。公表から18年たった今も、言葉どおり歌い続けているのです。

浜崎あゆみさんに学ぶ、真似できる3つの突破法

1. 苦しいことを、信じられる人に先に伝える

浜崎さんは、耳のことをまずファンに打ち明けました。ひとりで抱えこまず、大事な人に言葉にして伝えることで、前に進む力が生まれます。言葉にすると、自分の気持ちも整理できます。

2. 「失ったもの」より「残っているもの」を数える

「残されたこの右耳がいけるところまで」という言葉は、視点の切りかえそのものです。できないことが増えたときこそ、今あるものを書き出してみましょう。次の一歩が見えてきます。

3. 「続ける」と決めて、口に出す

「歌い続ける」と宣言したことが、その後の長い活動を支えたのかもしれません。目標を言葉にして人に伝えると、自分を励ます約束になります。小さなことでも、続けると決めて声に出してみましょう。

※耳の聞こえ方がおかしいと感じたときは、自己判断せず、早めに耳鼻咽喉科で相談してください。

浜崎あゆみ「SEASONS」を聴く(公式動画)

浜崎あゆみ「SEASONS」(ayumi hamasaki公式YouTubeチャンネル)

浜崎あゆみの歌声と物語にふれる(CD・DVD・本)

耳の公表があった2008年のベスト盤から、最近のライブ映像まで、楽天ブックスで確認できたものを紹介します。

2008年発売のシングルコレクション

『A COMPLETE 〜ALL SINGLES〜』(CD+DVD)。左耳のことを公表したのと同じ2008年に発売された、シングル曲をまとめたベストアルバムです。

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デビュー25周年のライブ映像

『ayumi hamasaki 25th Anniversary LIVE』(DVD)。デビュー25周年を記念したライブを収めた映像作品です。

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今の浜崎あゆみさんを見るなら

『ayumi hamasaki COUNTDOWN LIVE 2024-2025 A 〜I am ayu〜』(DVD)。2024年から2025年への年越しライブを収めた作品で、2026年2月に発売されました。

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デビューの裏側を描いた小説『M 愛すべき人がいて』

小松成美さん著(幻冬舎、2019年)。浜崎さんへの取材をもとにした「事実に基づくフィクション」で、デビューまでの日々と松浦勝人さんとの恋が描かれています。2020年にはドラマ化もされました。

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まとめ

  • 浜崎あゆみさんは2000年、「突発性内耳障害」と報じられた耳の不調でツアーを延期したことがあります。
  • 2008年1月、左耳の聴力を失ったことをファンクラブサイトで公表しました。
  • 「右耳がいけるところまで、限界まで、歌い続ける」と決意を語りました。
  • 現在も耳と向き合い続けながら、ライブやツアーを続けています。

失ったものは戻らないかもしれません。それでも、残ったもので前に進むことはできます。浜崎あゆみさんの歌い続ける姿は、壁の前で立ち止まっている人に、そっと背中を押してくれるはずです。

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