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※この記事は2026年11月時点で公開されているインタビューや報道をもとに書いています。最新の情報は本人の発信や公式発表でご確認ください。
車いすテニスの小田凱人(おだ・ときと)選手。2024年のパリ・パラリンピックで金メダルを取り、2025年には四大大会をすべて制する「生涯グランドスラム」も達成しました。
でも、子どもの頃の夢はサッカー選手でした。9歳のとき、骨肉腫という病気が見つかり、その夢は断たれます。
この記事では、小田凱人選手のプロフィールと経歴、病気とのエピソード、国枝慎吾さんへの憧れ、心に残る名言、そして本人の本を紹介します。「不屈の精神はどこから来たのか」も、本人の言葉と報道からたどります。
小田凱人のプロフィール
| 名前 | 小田凱人(おだ・ときと) |
|---|---|
| 生年月日 | 2006年5月8日 |
| 出身 | 愛知県 |
| 競技 | 車いすテニス |
| 所属 | 東海理化 |
| 病気 | 9歳で左脚(左股関節)の骨肉腫が見つかり、手術を受ける |
| 主な成績 | 2023年全仏オープン優勝(四大大会史上最年少)、最年少で世界ランキング1位、パリ2024パラリンピック金メダル、2025年に生涯グランドスラム・生涯ゴールデンスラム達成 |
| 著書 | 『凱旋 9歳で癌になった僕が17歳で世界一になるまでの話』(ぴあ)、『I am a Dreamer 最速で夢を叶える逆境思考』(KADOKAWA) |
9歳で骨肉腫に。サッカー選手の夢が断たれた日
サッカー日本代表を夢見た少年
小田選手は、小学校の頃、サッカー日本代表選手になることを夢見ていました。著書『凱旋』の目次にも、そのことが章の見出しとして書かれています。
左脚の骨肉腫が見つかる
小学校3年生、9歳のとき。原因のわからない左足の痛みが続き、左脚の骨肉腫と診断されました。報道では、左股関節に骨肉腫が見つかり、人工関節を入れる手術を受けたと紹介されています。
手術のあと、車いすで生活することになりました。サッカー選手になる夢は、ここで断たれます。入院は9カ月に及んだと報じられています。
入院中に出会った車いすテニス
入院中、主治医の勧めもあって、パラスポーツに関心を持ったと紹介されています。そこで目にしたのが、車いすテニスの国枝慎吾さんのプレーでした。そして10歳で車いすテニスを始めます。
病気を「乗り越えた」とは言わない。小田凱人の受け止め方
2023年、17歳で四大大会を初めて制したあと、小田選手は病気についてこう語りました。
「病気を乗り越えたという感情とは少し違う。乗り越えるべき壁ではなかったし、くじけなかったし、闘うものでもなかった。」
そして、病気は「人生の分岐点」だったと続けています。
「乗り越えたというより、あくまでも人生の分岐点だった」
病気を「倒すべき敵」として語らない。起きたことを、次の道へ進む「分かれ道」と受け止める。この言葉に、小田選手の考え方がよく表れています。
小田凱人の経歴と成績|史上最年少の記録が続く
15歳でプロに。「子どもたちのヒーローに」
小田選手は15歳でプロ転向を宣言しました。そのときの会見で、こう話しています。
「今病気と闘っている子どもたちのヒーロー的な存在になれる選手を目指して、頑張っていきたいと考えています」
17歳で四大大会初優勝、そして世界1位
2023年6月、全仏オープンの決勝でアルフィー・ヒューエット選手(英国)を6-1、6-4で破り、初優勝しました。17歳33日での優勝は、四大大会の男子シングルスで史上最年少です。
この優勝で、史上最年少の世界ランキング1位(17歳35日)にもなりました。同じ年にはウィンブルドンも制しています。
パリ2024パラリンピックで金メダル
2024年は全豪オープンで優勝し、全仏オープンは2連覇。そして9月7日、パリ・パラリンピックの男子シングルス決勝で、ヒューエット選手に6-2、4-6、7-5で勝ち、18歳で金メダルを手にしました。史上最年少の金メダリストと紹介されています。
19歳で生涯グランドスラム・生涯ゴールデンスラム
2025年は全仏オープン、ウィンブルドン、全米オープンで優勝しました。全米の優勝で、四大大会をすべて制する「生涯グランドスラム」を達成。パラリンピックの金メダルと合わせた「生涯ゴールデンスラム」も、19歳で成し遂げました。国枝慎吾さんに並ぶ偉業と報じられています。
2026年:ギネス記録と年間グランドスラムへの挑戦
20歳の誕生日の2026年5月8日には、ギネス世界記録に新たに4つが認定され、最年少記録の保持は計8個になったと報じられました。
2026年は全豪オープンで優勝。7月にはウィンブルドンで優勝し、四大大会6大会連続の優勝と報じられました。1年で四大大会をすべて制する「年間グランドスラム」を目指しましたが、9月の全米オープン決勝でヒューエット選手に敗れ、準優勝でした。
小田凱人の不屈の精神はどこから来たのか
源1:入院中に見た国枝慎吾さんの映像
小田選手が車いすテニスにのめり込んだきっかけは、国枝慎吾さんのプレーでした。国枝さんも9歳で車いす生活になった選手です。リハビリ中に、YouTubeで国枝さんの姿を見たと紹介されています。本人は著書の中でこう書いています。
「国枝さんのプレーする姿を動画で観て、テニスの世界にのめり込んだ。」
のちに国枝さんと戦うライバルになっても、その気持ちは変わらないと話しています。
「車いすテニスを始めてから今まで、僕は国枝さんの『大ファン』であるということ。それはずっと、変わっていません」
国枝さんの側も、2019年に初めて対戦したあと、小田選手を「将来、日本を背負っていく選手になる」と評したと報じられています。
源2:「人と違っていい」と教えてくれた両親
小田選手は著書の中で、家庭や友だちとの「ズレ」を感じた時期を振り返っています。それを悪いことと考えず、「いろんな人がいていい」と受け止めたそうです。そのきっかけをくれた両親について、こう書いています。
「『人と違っていい』という気づきをくれた両親にはほんとうに感謝している」
幼い頃は、父親の影響で仮面ライダーが大好きになったことも明かしています。著書『凱旋』でも、家族・友人・スタッフとの強い絆が描かれていると、出版社が紹介しています。
源3:「かっこよさ」と「自分らしさ」へのこだわり
小田選手は、自分を「エンターテイナー」と位置づけています。試合でのガッツポーズや、勝ったあとにラケットをギターに見立てるパフォーマンスは、自分を奮い立たせ、観客と喜びを分け合うためだと説明しています。
「僕がテニスをするのは、『自分らしくあるため』。」
かっこよさと勝つことは、本人の中でつながっています。ファッション誌のインタビューでは、笑いながらこう話しました。
「勝たないと、カッコつけたことも言えないじゃないですか(笑)」
源4:負けから学び、勝ち続ける覚悟
2022年の全仏オープンで国枝さんに敗れたとき、「勢いや運で勝てる世界ではないと痛感しました」と振り返っています。そして2026年のウィンブルドンの前には、こう語っていました。
「負けたときの方がニュースになるくらい勝っていきたい」
憧れの人、支えてくれた家族、自分らしさへのこだわり、負けからの学び。こうした積み重ねが、小田選手の前へ進む力になっているとも考えられます。
小田凱人に学ぶ、真似できる3つの突破法
1. つらい出来事を「分岐点」と言い換える
小田選手は病気を「乗り越える壁」ではなく「人生の分岐点」と呼びました。思い通りにいかないことが起きたら、「ここから何を選べるか」と考えてみる。言葉を変えるだけで、次の一歩が見えやすくなります。
2. 「なりたい姿」の人を見つけ、何度も見る
小田選手の始まりは、国枝さんの動画でした。目標になる人の姿を、動画や本で繰り返し見る。具体的な「あの人みたいに」があると、毎日の練習や努力に意味が生まれます。
3. 自分の「かっこいい」を言葉にして貫く
「自分らしくあるため」にテニスをする。小田選手は、自分が大事にしたいことをはっきり言葉にしています。自分にとっての「かっこいい」を書き出してみると、迷ったときの道しるべになります。
小田凱人の本|自ら語った著書と児童書
誕生から世界一までを本人が語る初の著書
『凱旋 9歳で癌になった僕が17歳で世界一になるまでの話』(ぴあ、2024年6月)。サッカー選手を夢見た幼少期、9歳での病気と入院生活、車いすテニスとの出会い、世界の頂点に立つまでを、本人が語り下ろした一冊です。
逆境との向き合い方がわかる「逆境思考」の本
『I am a Dreamer 最速で夢を叶える逆境思考』(KADOKAWA、2024年6月)。ライバルとの相性、周りの期待、体調やメンタルの管理など、勝負の世界の「逆境」への向き合い方を、本人の人生をたどりながら紹介しています。
親子で読める小学生向けの児童書
『夢を持つ、夢中になる、あとは かなえるだけ 車いすテニス小田凱人』(秋山英宏 著、Gakken、2025年1月)。幼少期、家族の関わり、闘病、車いすテニスとの出会い、パリ・パラリンピック決勝までを、写真とわかりやすい文章でつづっています。
価格・在庫は各ショップの商品ページでご確認ください。
小田凱人の活躍を映像で見る(公式動画)
まとめ
- 小田凱人選手は9歳で左脚の骨肉腫が見つかり、サッカー選手の夢を断たれた
- 入院・リハビリ中に国枝慎吾さんのプレーを動画で見て、10歳で車いすテニスを始めた
- 17歳で四大大会初優勝と世界1位、18歳でパリ2024金メダル、19歳で生涯グランドスラムを達成
- 病気は「乗り越えた」のではなく「人生の分岐点」。自分らしさと「かっこよさ」を大切にしている
小田選手は、病気を嘆く物語ではなく、そこから選んだ道の物語を語り続けています。思い通りにいかないことが起きたとき、「これは分岐点かもしれない」と考えてみる。それだけで、見える景色が少し変わるかもしれません。
関連記事


参考にした資料
- Number Web「小田凱人が『病気を乗り越えた』と言わない理由」(2023年6月)
- web Sportiva「史上最年少でジュニア世界1位!車いすテニス・小田凱人」(2021年7月)
- web Sportiva「病と闘う子どもたちのヒーローになる」(2022年6月)
- 集英社 パラスポ+! 小田凱人 単独インタビュー(2023年2月)
- AFPBB News「17歳小田凱人、グランドスラム史上最年少V」(2023年6月)
- AFPBB News パリ・パラリンピック決勝(2024年9月)
- スポーツナビ『I am a Dreamer』抜粋(2024年8月)
- スポーツナビ『I am a Dreamer』抜粋(2024年9月)
- スポーツナビ『I am a Dreamer』抜粋(2024年9月)
- KADOKAWA『I am a Dreamer 最速で夢を叶える逆境思考』
- OCEANS 小田凱人インタビュー(2025年2月)
- nippon.com「小田凱人選手が車いすテニス生涯ゴールデンスラム達成」(2025年9月)
- 秋田魁新報(共同通信)「小田凱人、四つギネス記録追加」(2026年5月)
- 熊本日日新聞(共同通信)ウィンブルドン優勝(2026年7月)
- 熊本日日新聞(共同通信)全米オープン準優勝(2026年9月)
